VISION

建築CAD利用史の構築をめざして

コンピュータの普及と進歩は、第二次世界大戦後の私たちのくらしに多大な影響を及ぼしてきました。

もはやコンピュータの存在を抜きにして、これからの生活を考えることはできません。
その生活を支えている器=建築もまた、もはやコンピュータの存在を抜きには成り立ちません。

建築デザインにコンピュータの利用が意識されはじめたのは、米国で世界初の建築デザインとコンピュータに関する会議が行われた1968年頃からでした。
当時の日本は、大阪万博にむかって、複雑で巨大で挑戦的な建築の実現に奔走していました。
万博美術館の設計を手掛けた建築家・川﨑清氏(1932-2018)はこのとき、建築の実現のために処理され共有されるべき情報が膨大となってゆくさまを味わい、近い将来、建築デザインの手段としてコンピュータがかならず導入されることを予感したといいます。
それから半世紀が経ちました。これもすでに、歴史の一幕の話といっていいでしょう。

わたしたち「建築情報学技術研究WG」は、BIM(Building Information Modeling)が普及し、人工知能の飛躍に注目が集まる今こそ、建築デザインへのコンピュータ利用の系譜を振り返りつつ、これからの建築デザインと情報技術とのかかわりに寄与する知見を整理すべきとの想いで、建築実務と情報技術に通ずるメンバーと歴史研究に関心のあるメンバーの協働により、2017年より活動を開始しました。

建築デザインへのコンピュータ利用といえば、その代表格はCAD(Computer Aided Design/Drafting)でしょう。
CADの普及によって、紙資源を浪費せず、均質で大量な線を素早く引け、複雑な立体を正確に容易に描けるようになりました。


さて、CADを歴史的に振り返りたいと思います。
その立場はふたつあると思います。
ひとつは、道具としてのCAD(Computer Aided Drafting)それ自体の仕組みや能力の進化を追う立場。
もうひとつは、概念としてのCAD(Computer Aided Design)がどのように人の思考・デザインを変化させてきたかを追う立場。
わたしたちの関心は後者にあります。

CADはこれまで“Drafting”の側面ばかりが取り沙汰されてきました。
CADと聞いて、アプリケーションそれ自体を想起する人が実に多いことでしょう。
それは裏を返せば、製図道具としてのCAD(Computer Aided Drafting)が十分に発展してきたことを意味しています。
しかし、CADの“Design”の側面、つまり、建築の構想にコンピュータを援用するとの意味で、CADはどれほど役立ってきたでしょうか。

このような問題意識から、本WGでは、とくに、日本の建築CAD黎明期を支えた人々が、なぜそのときに、いったいどのような野心と苦心をもってコンピュータを建築デザインに活用しようとしたのか、当事者に直接お話をうかがいながら、そのドラマを記録するオーラルヒストリーをはじめています。

これからの建築デザインに関わる皆様にとって、幾分かでもお役に立てる知見を示せるよう、過去を振り返りながら未来を考える活動を続けてまいります。